「在宅限界点」という言葉をお聞きになったことはありませんか?
近年、介護の業界においてよく聞かれるようになった言葉です。
当法人が普段訪問看護サービスを提供する上で、忘れてはならない言葉でもあります。
今回は、在宅限界点の向上が叫ばれる理由の一つとなった「社会的入院と介護療養病床の廃止」をテーマに、書かせていただきたいと思います。
是非お付き合いいただき、ご一緒に考えていければ幸いです。
〇「社会的入院」の問題
「在宅生活の限界点」について語る上で、欠かすことができないことの一つに「社会的入院」という問題があります。
何故なら、この社会的入院問題の改善が、在宅限界を高める必要性が叫ばれる直接的な原因のひとつとなったからです。
まず、入院の定義について考えてみましょう。
医師が、患者さんの病状が継続的な看護または医学的管理を要するために、医療機関に留め置く措置のことをいいます。
入院は本来、医師の判断において進められます。継続的な看護や医学的管理が必要か否かを判断するのは、医師の役目です。逆をいうと、医師の判断なしには入院することができないわけです。
しかし、医学的に治療が完了し、すでに退院できる状況であるにもかかわらず、患者さん本人やご家族の諸事情により在宅復帰できず、入院が長期化するという問題が増えてきました。
在宅復帰が困難である以上、むやみに退院させるわけにもいきません。在宅生活の基盤整備もせずに退院させ、最低限の生活すらままならなくなるのは非常に危険です。
近年では、在宅復帰を支援する役割を担う「退院調整看護師」や「医療ソーシャルワーカー(MSW)」を配置する医療機関がかなり増えてきていますが、当時は、患者さんの退院後のフォローアップ体制が十分備わっているとは言えない状況でした。
一方、患者さんの側も、入院の継続が可能であれば医療保険で利用できるため、金銭的な負担が比較的軽減でき、好都合であるという方も多いという実情がありました。
上記の観点から、治療が終了しても退院させず、長く病院に留まらせる入院のことを「社会的入院」と呼ばれてきているのです。
前述の通り、入院は、医師が医学的管理上必要と判断した場合に行われます。
しかし、医学管理上その必要がないにもかかわらず、入院を継続するわけですから、社会保障費を有効に活用できていないという状況が慢性化し、深刻な社会問題に発展しました。
日本は少子高齢化が叫ばれて久しく、増え続ける高齢者をどのように支えていくかについて、悩ましい問題を長きにわたって抱えてきています。
社会的入院が問題視されるようになった当初は、ニーズに対して受け入れ施設数が絶対的に不足していました。特別養護老人ホーム(特養)の待機者数が数十万人に及び、有料老人ホームはあったものの「費用が高額」という施設が多かった時期です。
当時はそういう時代的背景もあり、社会的入院はある意味「必要悪」的な要素もあったと言えます。
しかし、少子高齢化がますます深刻化し、このままでは社会保障制度の持続性が担保できないという、非常に厳しい状況に追い込まれました。
そこで国は、必要のない社会的入院を抑制する方針を打ち出しました。
具体的には、医療機関に対して平均在院日数を短くさせる、というものです。
その具体的な対策の一つとなったのが、医療機関における「DPC(診断群分類別包括評価方式)」という制度の導入です。このDPCは2003年(平成15年)から導入されました。
DPCを簡単に説明しますと、入院料・検査料・画像診断料等の診療費を、出来高(診療の都度かかる費用)ではなく包括的(まとめてかかる費用)に算定するということです。
それまでは、基本的にすべての診療において「出来高算定」が認められていました。ですので、医療機関にとっては「入院が長期化するほど儲かる」仕組みであったわけです。
しかしながら、DPC対象医療機関となると、包括点数の部分は一定の在院期間を過ぎると下がっていきます。ですので、入院が長引けば病院の利益を圧迫しかねないこととなります。
従って、一気に急性期治療を行い、治療が終了した段階で患者さんを退院させ、平均在任日数を短縮化する病院が一気に増えてきたということになります。これが、社会的入院の抑制策の一つと言えます。
社会的入院の抑制策は、ほかにもあります。
それは「介護療養病床」の廃止です。ここから、介護医療院に関する具体的な解説に入ってまいります。
〇介護療養型医療施設の廃止
入院病床の中には「療養病床」というカテゴリーがあります。
療養病床とは、長期にわたり療養を必要とする患者を入院させるための病床です。
医療保険を財源とする「医療療養病床」と、介護保険を財源とする「介護療養病床」に大別されます。
長期的に医療が必要な人は医療療養病床で、介護が必要な人は介護療養病床で受け入れておりました。
「介護が必要な人には特養や介護老人保健施設(老健)、有料老人ホームがあるではないか?」という見方があります。
しかし、社会的入院が議論された当時、特養の待機者数は増加を極めており、老健は、もともと在宅生活を維持する目的で入所するリハビリ主体の施設であるゆえ、制度上長期間の入所を想定していません。
上記の観点からも、当時は介護療養型医療施設にも、一定の存在意義があったとはいえます。
2006(平成18)年に、医療保険制度の抜本的な改革が行われました。
上記「療養病床」について、実質的な違いが見出しにくい両者について、医療と介護の役割を明確にし、ひいては社会保障費を適正化しようという動きが出てきました。
医療依存度の高い方は「医療療養病床」で、介護が必要な方は「老人保健施設等」で対応する方針となったのです。
介護療養病床については、2011(平成23)年度をもって廃止されることが決定しました。
厚生労働省は、介護療養病床から介護老人保健施設等への転換を、廃止期限までに段階的に進めるはずでしたが、一向に進みませんでした。
そこで、2011年度末までの介護療養病床の廃止が見込めないと判断し、国は2011(平成23)年の法改正において、廃止を2017(平成29)年度末まで延長することとされ、併せて附帯決議として実態調査の実施と必要な見直しを行うことが決まりました。
廃止延長の付帯条件として行われた、2014(平成26)年度の実態調査にて、以下のような調査結果が判明しました。
それは、介護療養病床について「医療区分が低いものの、医療処置あるいはターミナルケアの必要性から、現状の特養や老健等では受け入れ対応が困難」ということでした。
特養や老健では、人員の問題等により、慢性期の医療ニーズに対応するのは困難な状況であるという結論となったわけです。
〇介護医療院の創設
これを重く見た厚生労働省は、慢性化した医療ニーズに対応するためには、新しい施設類型を創設するほかにないと判断し、検討会や審議会で議論を重ねた結果、ついに「介護医療院」が創設されたのであります。
介護医療院は、2018年の介護保険法改正を受けて、新たな介護保険施設として創設されたものです。
介護医療院の創設に伴い、介護療養型医療施設の廃止期限は2024(令和6)年3月末までに延長されました。
現在は移行期間ということで、介護医療院と介護療養型医療施設が混在している形ですが、廃止期限内に「介護医療院」等に転換をする必要があります。
介護医療院は、介護療養型医療施設の転換先の「最有力候補」となり得ます。
社会的入院を解消するために、国は長きにわたって改革を進めてはきております。
しかし、社会保障費の抑制をもっと推進するのであれば、長期療養先を適正に確保するだけではとても足りません。
高齢者の方々が、可能な限り在宅(住み慣れた地域)で生活が継続できるためには、どうしたらよいか・・・
それが「在宅限界点を高める」ということです。
特効薬のようなものがあればよいのですが、そう簡単にはいかないのも実情です。
次回は、在宅限界点の詳細について掘り下げていきたいと思います。また是非お読みいただければ幸いです。
〈参考URL〉
中央社会保険医療協議会(中医協)「DPC 制度の概要と基本的な考え方H23.1.21資料」
一般社団法人江戸川区医師会 ホームページ「地域包括ケアシステム」